私自身は、内科医のキャリアが長いんです。研修終了後はずっと糖尿病や運動療法を中心とした診療と研究に取り組んできました。総合診療に関わったきっかけは、この分野の第一人者・伴信太郎教授の考え方に惹かれたから。中でも、よい臨床医を育成するための医学教育改革の話には興味がありましたね。私が名大の総合診療部の門をたたいたのが、1999年のこと。同級生に総合診療部の存在を知っている人は誰もいませんでした。それくらい、認知度の低い分野だったのです。そして私たちの活動が認識され始めると、風当たりはとても強かった。医学教育の改革を謳っても相手にされないし、家庭医療を語れば、「大学でそれをやる必要はない」と非難されました。それでも、総合診療を専門にすることによって、患者さんへの対応力が上がり、外来が楽しくなったことが、当時の自分を支えていたような気がします。
大学病院に求められるのは研究や医学教育。私たちの研究は臨床と深いつながりがあります。臨床の中で感じたことや疑問に思ったことを明らかにしていくと、それが直接的に診療に役立つ。ただ漠然と診療を続けていくのではなく、研究マインドを持ちながら患者さんと向き合うことは、診療スキルを上げるために大切なことなのです。また、医学教育に関する研究にも、私たちは取り組んでいます。これからは超高齢社会。それを支えていくためには医学生や研修医は何を学ばなければならないのか。また、どのようにして学ぶのか。それを明確に示したカリキュラムを構築していくことが医育機関で働く私たちには求められています。総合診療科の医局員には、自分自身で研究テーマを見つけるよう指導しています。その研究テーマをリサーチクエスチョンに落とし込むことや、研究計画を構築することを医局はサポートします。そして、医局員同士が相互の研究に興味を持って情報交換をし、さらに発展的な研究をしていくことができたらいいと考えています。私自身も若い人たちの柔軟な意見を取り入れて自分の研究をさらに深めていきたいと思います。
私が総合診療部のキャリアをはじめた時に比べ、今はこの分野の取り組みが認知されてきていると感じています。今後は、総合診療医と臓器別専門医がよいパートナーシップを築いて日本の医療を支えなければならない。そのためには総合診療医の割合を増やす必要がある。例えば、地域の病院でコモンな病態の患者はすべて総合診療医が担当する。そうすれば臓器別専門医は各々の専門に特化した医療を展開できる。場合によっては、いくつかの病院群で専門病態のセンターを作り臓器別専門医をそこに集めるようにする。そのような医療の在り方が必要なのかも知れない。また、これから特に変えていかなければいけないのが、地域医療における総合診療医の貢献度を高めていくこと。今の医学教育では、医学生も研修医も地域に出る機会がほぼ無いため、地域医療のイメージがわかないし、“都会での医療を諦めた人”が地域に行くというようなマイナスの印象があります。学部教育の早い時期から地域医療を学ぶ機会を増やして、医師に高い地域親和性を持たせることが重要です。それにより、医師キャリアの中で地域医療に携わる期間を持つことを厭わない、さらには積極的に地域医療に貢献する気概を持つようになるのだと思います。
1986年、名古屋大学卒。糖尿病内科、疫学を学んだ後、伴信太郎教授に出会い総合診療の世界へ。自身の研究テーマは、運動生化学、アミノ酸栄養学、行動変容モデルの実践応用、漢方薬による不妊治療、統合医療実践モデルの構築など、多岐に渡る。