兵庫県出身の私は、阪神大震災があった1995年に大学入試を控えていました。震災の影響で関西の大学から願書の到着が遅れ、名大を受験することにしたのです。そう考えると、偶然名古屋に来て、医師の道を歩んでいるんですね。研修先の病院も、愛知県内を選びました。研修医の頃は耳鼻咽喉科を志望していて、手術によって頭頸部腫瘍の切除を行う医師を目指していました。でも、ある時、形成外科の先生のもとで頭頸部の再建をする手術を手伝わせていただく機会に恵まれました。一度とり除いたものを、再構築していく。その技術の精巧さに惹かれ、形成外科医の道に進むことにしたのです。名古屋に来たのも、形成外科医になったのも、何かの縁ですね。どの道に進むか、悩んでいる若い先生たちがいると聞きますが、結局何科を選ぶかは、研修で出会う患者さんや先輩の先生方との人間関係によるところが大きいと思います。
私のキャリアの中で転機となったのが、「マイクロサージャリー」との出会いです。かなり高度な手術だと言われていますが、興味があったので研修医の頃から練習を重ねていました。例えば、乳がんの患者さんの胸を切除した際、脂肪を移植して手術が完了するわけではありません。移植した脂肪のまわりで動脈と静脈をつなぎ合わせる手術を行います。この時、実体顕微鏡(マイクロスコープ)で確認しながら、持針器、ピンセット、メスで行う手術のことを「マイクロサージャリー」と言います。「マイクロ」の言葉が示す通り、とても緻密な技が必要で、私自身も14年間取り組んで、やっと自信がついてきました。
名大では、この手術の成功率を高めることに挑戦してきましたが、手術のクオリティを保つという意味では、まだまだ突き詰めていく価値があると思っています。手術の時間を短縮したり、より手術後の回復を早めるためにどうすればいいか。今は、この手術自体の技術を「高める」というより、「安定させる」という段階に入っていると感じています。
現在、私自身の興味関心は、「マイクロサージャリー」以外にも向けられています。細かな技術を必要とする手術を積み重ねてきたことによって、より精度の高い技が求められる手術への興味も生まれてきました。手術は単なる繰り返しではなく、新しい考え方や、ものの見方を与えてくれます。形成外科の分野もいろいろと多岐に渡っているため、別の分野の手術にも挑戦していきたいと思っています。現在は講師として指導する立場にいますが、自分自身が手を休めていては、せっかく形成外科にいるのだから意味がないと考えています。若い先生たちには、何度も手術を経験しなければ、形成外科医の技術は身につかないと、伝えたい。1年間で10症例取り組むのと、1週間で10症例取り組むのでは、身につき方は大きく異なります。精神的に大変な時期もあると思いますが、できるだけ、症例数の多い病院でじっくり経験を積むべきです。そういう意味で、関連病院が多い名大病院に入局するのは適切な判断だと思います。
2001年、名古屋大学卒。刈谷豊田総合病院で1年間研修を行い、その後名古屋大学形成外科に入局した。2007年には、名古屋大学大学院医学系研究科を修了。博士号、形成外科専門医を取得した。現在は形成外科講師として後輩を育成しながら、主にマイクロサージャリーを用いた頭頸部再建手術や乳房再建手術を手掛けている。