私が精神科医を志したのは、まだ医師になる前でした。当時は、精神疾患への偏見が今よりも強く、「得体が知れない怖い病気だ」「うつ病は怠けに過ぎない」といった理解も珍しくありませんでした。そうした偏見をなくしたい、その一助となる仕事がしたいという思いから精神科医を志し、名古屋大学医学部を卒業。西尾市民病院で行った初期研修では、救急外来や内科病棟などで精神疾患の患者さんの診療にあたる機会がありました。そこで感じたのは、「精神疾患を持つ患者さんも当然ながら身体疾患にかかる」、「身体合併症のリスクはむしろ高く、しかも重症化しているケースも多い」ということでした。そのため、精神科医にこそ身体疾患の知識と対応技能が必要と考え、「こころもからだも」という視点を持った精神科医になれるようにと、すぐには精神科に入局せず、総合内科医として病院に残りました。「少し回り道だったのではないか」と焦ることもありました。しかし、今思えば、決して回り道ではありませんでした。その時に得られた経験は、むしろ自分の医師キャリアにプラスとなり、私の診療スタイルを築いています。
現在の専門は「リエゾン精神医学」。リエゾンとは連携のことを意味します。他の診療科と連携しながら、身体疾患の患者さんに必要な精神医学的介入を早期に提供することで、不眠・不安・抑うつといった精神症状の改善や、元々持つ精神疾患の良好なコントロールを図ることを目的としています。名大病院では、耳鼻科や血液内科など様々な他の各診療科と精神科とで定期的に合同カンファレンスを行っており、いくつかの領域では共同で臨床研究も行っています。また、歯科の外来には、「歯や舌の痛みが続くけれど、口腔内には明らかな異常が見当たらない」という患者さんも多く来院します。しかし、医科と歯科のはざまで適切な医療を受けることができないことも少なくありません。このような慢性疼痛の患者さんに精神科治療の有効性も期待できるため、他大学の歯学部と連携して、精神科医が歯科の診察室で一緒に診療を行うという取り組みもしています。このような連携によって、患者さんや医療者が持つ精神疾患への誤解や偏見を減らしていけると信じていますし、私自身も他分野の医療専門職の方々からたくさんの刺激をいただくことができています。
私たちの医局では、診療部門として「精神科」と「親と子どもの心療科(児童精神科)」とが、研究部門として「精神医学」、「精神生物学」、「発達・老年精神医学」、「親と子どもの心療学」の各分野が、精神科ユニットを構成して協同体制を取っています。精神科医療は、薬だけでも、精神療法だけでも成り立ちません。入局した若い医師にとって、様々なバックグラウンドを持つ先輩医師から様々な専門技能を学べる意義は大きいと思います。また、精神疾患の診断・治療法や病因・病態について研究を行い、自らの手で新たな知見を生み出すこともできます。私は、前任の病院においては、うつ病患者さんの復職支援(リワーク)や、保健所・教育委員会と連携して行う精神疾患の早期支援事業などの取り組みにも参画してきました。これからも、精神科医として取り組みの幅を広げて、精神疾患への偏見がなくなる日まで、精神科医療に貢献していきたいと思っています。
2000年、名古屋大学卒。博士(医学)。「精神科医にこそ、身体疾患の知識と対応技能が必要」と考え、西尾市民病院での初期研修後は入局せず、総合内科医として勤務し、その後名大病院精神科へ入局するというキャリアをもつ。現在の専門は、リエゾン精神医学(他科と連携して精神医学的診療を行う分野)。名大病院の他の診療科と連携した治療や、他大学の歯学部と連携した口腔内の慢性疼痛患者を対象とした臨床・研究を行う。