研究が好き!LOVE LAB 基礎医学研究者育成プロジェクト 名古屋大学医学部学生研究会

interview

インタビュー
inteview No.11

PICK UP!

医学書の記述を変えるという挑戦。知の遺産をつくり出すため、挑む気持ちを大切にしよう。

名古屋大学大学院医学系研究科 分子病原細菌学/耐性菌制御学 准教授
木村 幸司

卒業してすぐ、研究一本で生きると決めた。

名古屋大学医学部を卒業した1998年、私は京都大学大学院に進み、神経科学分野の研究をはじめました。一旦臨床を経験してから大学院に入る人が多いのですが、私は違いました。とても大きな決断。でも、自分にはその道が向いているという自信はありました。それは、医学部生時代に論文を書く機会を得ることができたからだと思います。細菌学教室で、荒川宜親先生のご指導のもと、はじめて論文を書くチャンスをいただきました。完成が近づくにつれて、自分の仕事が人類の知の一部分になるのだと思うと、とてもうれしかったことを、今でもはっきりと覚えています。

アイデアを絞り出し、あいまいなデータを減らす工夫をする。

意気揚々と大学院に入学した私。しかし、その大学院時代は精神的にとても辛い時期となりました。神経科学の分野で研究を行っていたのですが、なかなか思うような成果を導き出せなかった。あの時期を振り返ると、学生たちには「研究は楽しいから一緒にやろうよ!」と簡単には言えません。5年で1つ成果が出ればいい方。だから、それなりの覚悟を持ってこの道に進むべきだと思います。
でも、手探りの毎日にも前に進む方法はあります。それは、白とも黒ともいえない、グレーであいまいな研究結果を減らすこと。実験ではグレーなデータが8割と言われています。ポジティブデータ(白)も、ネガティブデータ(黒)も1割ずつしか出てこない。実験が上手な人は、様々な手法を駆使してその8割を減らす工夫をしています。少しでも速く結論を導き出せるよう、工夫を重ねているのです。効率、正確性、手法を180度変える。この世界では、挑戦を恐れずに努力をした人だけが生き延びられる。研究者は皆、アイデアが試されているのです。好きでやっているだけでは、いい成果は出せません。頭を使って、自分なりの解決策を、誰よりも多く絞り出すことが必要なのだと思います。

木村 幸司

大切なのは、先入観を無くすこと、そして多面的に証明すること。その先に、成功が待っている。

挑戦を恐れないことが大切、というお話をしてきましたが、研究者にとって大切なキーワードをもう1つお伝えします。それは私が荒川先生から教わった「先入観をなくす」という考え方です。私自身も「先入観をなくす」ことで大きな成果を上げた経験があります。PRGBS(ペニシリン低感受性B群連鎖球菌)の証明を成功させたことが、それにあたります。約60年間、B群連鎖球菌を含む「β溶血連鎖球菌群」という菌は、ペニシリンという抗生物質に効くとされてきました。そのため、一部の専門家の間では、今後もβ溶血連鎖球菌群からはペニシリンが効きづらい菌が出現しないではないかと信じられていました。しかしその一方で、ペニシリンが効きづらいB群連鎖球菌が出現してきているとの報告も出てきていましたが、世界の公的機関は、それらを認めていませんでした。でもその時、私は、大学院時代に中西重忠先生から教えていただいた「1つの実験系には限界がある。証明は複数の実験を組み合わせて多面的に証明しなければならない」との言葉を思い出したのです。先入観を捨て、多面的な証明を行えば、PRGBSの存在を証明できる―結果、その言葉を信じて努力したことが功を奏し、PRGBSの証明を成功させることができました。各種の奨励賞もいただき、これまでの2人の師の言葉を信じて研究に取り組んで、本当によかったと思いました。この件については将来、医学書の記述も変わる可能性が出てきました。自分が導き出した真理によって医学書が書き換えられるなんて、大きな社会貢献ができたのではないかと思います。それがどんなに心地よいことか。きっと、いつまでも忘れることができません。

木村 幸司

将来は自分の研究室を持ち、人材育成にも挑戦したい。

私は多くの研究テーマを持っていますが、今後はそれに加えて人材育成にも挑戦していきたいと思っています。現在、講師として大学院生を指導する立場ですが、私生活でも2人の子供の父親となり、子供が成長していく姿を見るのがとても楽しいと思うようになりました。人が育つのを見るのは、本当にいいものです。
先にもお話ししたように、研究の世界は決して楽ではありません。野心を持ち、夢があり、そして勝負の世界にいるという自覚がある人のみ、成功を手にすることができる。その意識の保ち方を、そばで見ながら教えてあげたいと思います。研究には新規性が必要で、二番煎じでは、研究者としての価値はない。自分自身も挑戦を続け、若手の挑戦を支える人間になるつもりです。